
ファインチューニングとは、学習済みのAIモデルに自社や特定分野のデータを追加で学習させ、特定の用途に合わせて仕上げる手法です。ただ、自社の資料をAIに覚えさせたいという目的であれば、多くの場合は学習までしなくても、社内文書を検索して答えさせるRAGや指示の工夫で足りることになります。しかも2026年に入ってOpenAIはセルフサーブのファインチューニングを段階的に縮小しており、Azureでは学習済みモデルを使える状態に置いておくだけで月20万円近いホスティング費用がかかってしまいます。学習が要るケースと要らないケースを、後半の判断表で見分けてみてください。
ファインチューニングとは|学習済みモデルを追加学習で特化させる手法
ファインチューニングは、すでに大量の文章で学習を終えたモデルを土台にして、目的に合ったデータで学習を少しだけ追加する方法になります。英語のfine-tuneには微調整するという意味があり、日本語では微調整や追加学習と呼ばれることもあります。ChatGPTやClaude、Geminiの土台であるLLM(大規模言語モデル)に対して使われることが多く、LLMそのものの仕組みはLLMとはで解説しています。
ファインチューニングの定義:学習済みモデルに自社・特定分野のデータを追加学習させる
定義を一言でまとめると、汎用に育てたモデルに自社や特定分野の例を見せて、その用途向けに特化させることです。例えば、問い合わせメールと模範回答の組を数百件用意して学習させると、モデルは自社らしい言い回しや回答の型を身につけていきます。モデルの中身そのものが書き換わる点が、質問のたびに資料を渡すRAGとの大きな違いとなります。
事前学習との違い:ゼロから学ぶか、学んだ後に仕上げるか
事前学習とは、インターネット上の文章など膨大なデータを使い、言葉のつながり方をモデルにゼロから学ばせる最初の段階を指します。この段階には大量の計算資源が必要で、一般の会社が自前で行うことは現実的ではありません。ファインチューニングは、その事前学習を終えたモデルを受け取り、仕上げとして追加の学習を行う工程にあたります。料理にたとえるなら、事前学習は基本の調理技術を身につける修業で、ファインチューニングは店の味に合わせる仕込みの練習といったところでしょう。
転移学習との関係
転移学習は、ある課題で学んだモデルの力を別の課題に生かす考え方の総称です。ファインチューニングはその代表的なやり方の1つとして説明されることが多く、土台のモデルを少しずつ動かして別の用途に合わせる方法を指して使われます。呼び方の細かな区別より、どちらもモデル自体を学習させる側の話だと押さえておけば、社内の検討で困る場面は少ないでしょう。
ファインチューニングの仕組みと手法の種類
ファインチューニングの手法は、モデルの数値を全部動かすか、一部だけ動かすかで大きく2つに分かれます。どちらを選ぶかで、必要な計算機の性能と費用が大きく変わってきます。
仕組み:モデルの中の数値(パラメータ)を少しずつ動かす
LLMの中には、パラメータと呼ばれる大量の数値が並んでいます。学習とは、入力に対して望ましい出力が出るように、この数値を少しずつ調整していく作業のことです。ファインチューニングでは、用意した入力と正解の組をモデルに見せ、出力と正解のずれが小さくなる方向へ数値を動かします。土台の知識はそのまま残しつつ、特定の型に寄せていくイメージになります。
完全なファインチューニング(フルファインチューニング)
モデルのパラメータをすべて更新する方法を、完全なファインチューニングと呼びます。調整の自由度は高いものの、モデルが大きいほど学習に使う計算機(GPU)の性能とメモリが必要になり、費用も膨らんでしまいます。学習後のモデルは土台と同じ大きさの別のモデルとして保存するため、用途ごとに作ると保管の負担も増えていくことになります。
PEFT(パラメータ効率の良いファインチューニング)とLoRA
PEFTは、パラメータのごく一部だけを学習させて、費用と時間を抑える手法をまとめた呼び名です。代表的なLoRAは、元のパラメータには手を付けず、小さな追加の数値だけを学習させる方法として知られています。LoRAを提案した論文(Edward Huら、2021年、arXiv:2106.09685)は、GPT-3の175Bモデルを通常の方法で学習させる場合と比べて、学習するパラメータの数を1万分の1、GPUのメモリの必要量を3分の1に減らせると報告しました。論文の著者による報告の数字であり、どのモデルでも同じ割合になるわけではない点には注意が必要です。小さな追加分を差し替えれば用途を切り替えられるため、1つの土台に複数の用途を持たせやすいことも利点になります。
指示チューニングとRLHF
手法の種類とは別に、何を学習させるかによる呼び分けもあります。指示チューニングは、指示と望ましい回答の組を大量に学習させ、人の指示に従って答えられるようにする調整を指します。RLHF(人間のフィードバックからの強化学習)は、人が回答の良し悪しを評価した結果を使い、より好まれる回答を出すよう調整する方法です。こうした調整はモデルの提供元が公開前に行うもので、利用する会社が自社データで行う追加学習とは段階が異なります。
ファインチューニングの実施手順
実施の流れは、学習データの準備、ベースモデルと手法の選択、学習の実行、評価の4段階で説明されることが一般的です。中でも手間がかかりやすいのは、最初のデータ準備の段階になります。
手順1 学習データを準備する
まず、モデルに覚えさせたい入力と出力の組を用意します。問い合わせ対応なら、実際の質問文と、担当者が確認した模範回答を1件ずつ対にしていく形になります。OpenAIやAzureの仕組みでは、会話の形式に整えたデータを1行ずつ並べたJSONLというファイル形式で渡すよう案内されています。件数が少ない、表現がばらばら、誤った回答が混ざっているといったデータでは、学習させても期待した結果は得にくいでしょう。個人名や取引先名が入った記録をそのまま使わないことも、この段階で決めておきましょう。
手順2 ベースモデルと手法を選び、データをアップロードする
次に、土台にするモデル(ベースモデル)と、完全なファインチューニングかPEFTかといった手法を決めます。クラウドのサービスを使う場合は、提供元が学習に対応させているモデルの中から選ぶ形になり、自由に選べるわけではありません。ベースモデルの提供が終わると学習済みモデルも使えなくなるため、提供終了の予定日も確かめておきましょう。用意したデータは、選んだサービスの画面やAPIからアップロードします。
手順3 トレーニングを実行する
データを渡して学習を始めると、サービス側で計算が進み、終わると学習済みモデルが出来上がります。学習の回数(エポック数)などの設定は、多すぎると過学習を招き、少なすぎると効果が出にくくなるものです。学習の費用は、渡したデータの量や学習にかかった時間で決まる形が多く、実際の金額は後の節で紹介しています。
手順4 評価して本番に使う
学習が終わったら、学習に使っていない質問を投げて、元のモデルより本当に良くなったかを比べます。良くなった点だけでなく、学習前には答えられていた一般的な質問への回答が崩れていないかも見ておく必要があります。本番で使うには、学習済みモデルをサービス上に配置(デプロイ)して呼び出せる状態にし、その後も回答の質を定期的に確かめ続けることになるでしょう。
学習に使うデータの例
ファインチューニングの学習データとしてよく挙げられるのは、社内の非公開データ、専門性の高い分野のデータ、そして最近の情報の3種類になります。ただし3つ目の最近の情報は、学習よりも検索で渡すほうが向いている場合が多いものです。
社内に存在する非公開データ
過去の問い合わせ履歴と回答、社内で決めた書式の報告書、商品説明の文章などはインターネット上にないため、汎用のモデルは知りません。こうしたデータで学習させると、自社の言い回しや書式をまねた出力が得やすくなると説明されています。一方で、規程の条文や料金表のような事実そのものを覚えさせる目的には、後で説明するとおり不向きな面もあるのです。
専門性の高い分野のデータ
医療、法律、製造業の技術文書のように、専門用語や独特の書き方が多い分野では、汎用モデルの言い回しが現場の感覚とずれることがあります。分野の文書で学習させると、用語の使い方や文体がその分野らしく整うことが期待できます。ただし、誤りの影響が大きい分野では、学習させた後も専門家が回答を確かめる運用が欠かせません。
最近公開されたばかりのデータは、学習より検索向き
学習データの例として、モデルがまだ知らない最近の情報が挙げられることもあります。しかし、法改正や新商品の情報は数か月で古くなるため、変わるたびに学習をやり直すと手間も費用もかさんでしまいます。変わりやすい情報は、文書を差し替えればすぐ反映できるRAGで扱うほうが、運用の負担は小さく済むでしょう。
ファインチューニングでできること・向いているケース
ファインチューニングが得意なのは、知識を増やすことよりも、答え方の型や判断のくせをモデルに身につけさせることです。向いている場面を、業務の例とあわせて見ていきます。
口調や出力形式をそろえる
毎回同じ書式で報告書を作らせたい、特定の敬語の使い方を守らせたい、といった要望は、指示文だけでは守られないことがあります。模範例をまとめて学習させると、長い指示を書かなくても形式がそろいやすくなるとされています。
決まった分類や抽出の精度を上げる
問い合わせメールを決まったカテゴリに振り分ける、請求書から決まった項目を抜き出すといった、答えの形が決まっている作業も候補になります。同じ処理を大量に回す場合、小さなモデルを学習させて使うと、大きなモデルに長い指示を付けて毎回処理するより処理を軽く出来る可能性があります。
短い指示で済むようになる
学習で答え方を覚えさせれば、毎回の指示文に長い例を入れる必要が減り、送る文字数(トークン)を抑えられます。ただし、後で見るとおり学習済みモデルの利用単価は通常より高く設定されている例があるため、減った分で元が取れるかは計算が必要となります。
業務別のユースケース:カスタマーサービス・要約・コード生成
クラウド各社の解説では、カスタマーサービスでの回答の型の統一、社内文書の要約の書式合わせ、社内のコーディング規約に沿ったコード生成、専門分野の翻訳などが使いどころとして挙げられています。いずれも、答えの中身より答え方をそろえたい業務という点で共通しているのです。自社の業務がこれに当てはまるか、次の課題とあわせて考えてみてください。
ファインチューニングの課題・デメリット
ファインチューニングには、学習させたこと自体が新しい問題を生むという難しさがあります。代表的な3点を押さえておきましょう。
過学習:少ないデータで覚え込みすぎる
過学習とは、学習データに合わせすぎて、少し違う質問にはかえってうまく答えられなくなる状態のことです。少なく偏ったデータで学習させると、特定の言い回しを繰り返したり、学習前に出来ていた一般的な受け答えが崩れたりすることがあります。小さく始めるなら、学習より先に指示の工夫やRAGで試すほうが、失敗したときの影響は小さくなります。
データ準備の手間と計算コスト
質の高い学習データを作るには、実際の記録を集め、誤りや個人情報を取り除き、模範回答を人が確かめる作業が必要です。学習そのものにも費用がかかり、学習後は学習済みモデルを呼び出すための費用も続いていきます。社内に担当できる人がいない場合は、外部への委託費も見込むことになるでしょう。
中身を更新しにくい
規程や料金が変わったときは、新しいデータを用意して学習をやり直す形が基本となります。学習させた内容のどこに古い情報が残っているかを外から確かめるのも難しく、モデルが古い規程のまま答え続けるおそれがあります。一度学習させた内容を後から部分的に直すことを前提にせず、学習データに入れないものを最初に決めておくことが大切です。
学習のやり直しや維持費を抱え続けずに済むよう、使う環境を会社で1つにまとめる方法もあります。UPGEAR AI(アップギアAI)は、ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityを1つの契約で使える法人向けサービスです(人数無制限)。
ファインチューニングとRAGの違い・使い分け
ファインチューニングがモデル自体に覚えさせる方法なのに対し、RAGは質問のたびに社内文書を検索し、見つけた部分をモデルに渡して答えさせる方法です。RAGの仕組みそのものはRAGとはで詳しく解説しているため、ここでは違いと使い分けに絞ります。
情報をどこに入れるかが違う
ファインチューニングでは情報がモデルのパラメータの中に溶け込み、RAGでは情報がモデルの外の文書として置かれたままになります。この違いから、更新のしやすさ、根拠の示しやすさ、始めるまでの手間に差が出てくるのです。
- 更新のしやすさ。ファインチューニングは内容が変わるたびに学習をやり直す必要があり、RAGは文書を差し替えれば次の質問から反映されます。
- 根拠の示しやすさ。学習で覚えた知識はどの資料から来たかを示しにくく、RAGは検索した文書を回答に添えられます。
- 始めるまでの手間。ファインチューニングはデータ整備から学習、評価まで段階を踏むため、文書を登録して試せるRAGより準備期間が長くなりがちです。
- 得意なこと。ファインチューニングは答え方や形式をそろえることに、RAGは社内の事実を根拠付きで答えることに向いています。
使い分けの目安:事実はRAG、答え方は学習
目安としては、社内の事実を答えさせたいならRAG、答え方や形式をそろえたいならファインチューニングを検討する、と分けると整理しやすいでしょう。両方を組み合わせて、学習で答え方を整えたモデルにRAGで最新の文書を渡す構成も紹介されています。ただ、社員10〜200名規模の会社であれば、まず指示(プロンプト)の工夫とRAGで足りるかを確かめ、それでも残る課題があるときに学習を考える順番になります。
複数のAIを使う会社では、学習済みモデルが1つのモデル専属になる
ファインチューニングは特定の提供元の特定のモデルを土台に行うため、出来上がった学習済みモデルはそのモデルの上でしか使えません。OpenAIのモデルで学習させた成果を、そのままClaudeやGeminiに移すことは出来ないのです。ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityを用途で使い分けている会社では、1つのモデルに投資した分だけ、他のAIへ乗り換えにくくなってしまいます。RAGであれば、同じ社内文書をどのAIに渡すかを後から選び直せるため、複数のAIを併用する環境とも相性の良い方法となります。
会社で使うときの現実|提供の縮小と維持費
2026年9月時点では、会社が新しくファインチューニングを始められる環境は、2026年に入って狭くなっています。提供状況と費用を、各社の公式ページの記載から整理すると、次のようになります。
※料金は2026年9月27日時点で各社の公式ページ・価格APIに表示されている金額です。税の記載がないものは税を足していません。ドル建ての金額は円に換算していません。
OpenAIはセルフサーブのファインチューニングを段階的に縮小
OpenAIの廃止予定ページによると、同社は2026年5月7日に、セルフサーブのファインチューニングを使う開発者へ提供範囲の変更を通知しました。変更は3段階で、内容は次のとおりです。
- 2026年5月7日から、過去にファインチューニングを実行したことがない組織は、学習ジョブの作成や学習が出来なくなりました。
- 2026年7月2日から、直近60日間にファインチューニング済みモデルで推論(呼び出し)をしていない組織は、新しい学習ジョブを作れなくなりました。
- 2027年1月6日には、継続して使っている既存の利用者も、新しい学習ジョブを作れなくなる予定です。
料金ページにも、ファインチューニング基盤を縮小しており、新しい利用者は使えないという趣旨の記載があります。ファインチューニングの手順を解説するページの中には、OpenAIの画面からデータをアップロードする方法を載せているものもありますが、これから新しく始める会社がその手順をたどることは出来ない状態です。
学習済みモデルの利用単価は通常の1.5倍(gpt-4.1の場合)
既に学習済みモデルを持っている会社でも、呼び出すたびの料金は通常のモデルより高く設定されています。OpenAIの料金ページでは、gpt-4.1のファインチューニング済みモデルは100万トークンあたり入力3ドル・出力12ドルで、通常のgpt-4.1の入力2ドル・出力8ドルのちょうど1.5倍となります。例えば、月に入力1,000万トークン・出力200万トークンを使う業務なら、通常のモデルで36ドルのところ、学習済みモデルでは54ドルとなってしまいます。金額そのものは大きくなくても、使う量に比例して差が開く点は覚えておきたいところです。
ベースモデルの提供終了で、学習済みモデルも使えなくなる
OpenAIは、学習済みモデルは土台のベースモデルが廃止されるまで推論に使えると説明しています。裏を返すと、ベースモデルの提供が終われば、そのモデルで作った学習済みモデルも呼び出せなくなるということです。同じ廃止予定ページでは、gpt-4.1-nano(gpt-4.1-nano-2025-04-14)などの提供終了日が2026年10月23日とされています。OpenAIの説明どおりなら、gpt-4.1-nanoを土台に作った学習済みモデルも、この日以降は使えなくなる見込みです。時間と費用をかけて作った学習済みモデルにも、土台のモデルの寿命という使用期限があると考えておく必要があります。
Azureでは使わない月もホスティング費用が約20万円かかる
MicrosoftのAzure(Microsoft Foundry)でもファインチューニングは提供されていますが、費用のかかり方に注意が必要です。公式ドキュメントは、学習済みモデルをデプロイすると推論に使える状態になり、1時間ごとのホスティング料金が発生すると説明しています。Azureの価格APIを東日本リージョンの円建てで確認すると、gpt-4.1・gpt-4.1-mini・gpt-4.1-nanoの学習済みモデルのホスティングは、いずれも1時間270.844円と表示されていました。1か月を730時間として計算すると、1つのデプロイで月197,716円、1年で約237万円となり、呼び出しがゼロの月でもこの金額がかかってしまいます。
さらに、デプロイが15日を超えて使われない状態が続くと、そのデプロイは削除されると明記されています。学習済みモデル自体は使う準備が出来るまで無料で保管できるとされているものの、たまにしか使わない用途では、削除と再デプロイの手間が繰り返し発生することになるでしょう。学習の料金は、gpt-4.1が1,000トークンあたり3.983円(100万トークンで3,983円)、gpt-4.1-miniが0.7966円、gpt-4.1-nanoが0.239円と表示されています。学習そのものより、学習した後に置いておく費用のほうが重くなりやすい点が、会社で使うときの落とし穴となります。
学習データに個人データを混ぜるリスク
学習データに顧客や社員の個人データが入っていると、法令面と管理面の両方で問題を抱えることになります。学習データを作る前に、何を入れないかを決めておきましょう。
個人情報保護委員会の注意喚起
個人情報保護委員会は、令和5年(2023年)6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表しています。この中で、個人情報取扱事業者が本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを生成AIサービスに入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法に違反することとなる可能性があると指摘しました。そのうえで、こうした入力を行う場合は、提供事業者がその個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。注意喚起はプロンプトへの入力について述べたものですが、個人データをAIの学習そのものに使うファインチューニングは、より慎重に扱うべき場面だと考えられます。
退職者の情報や古い規程が学習済みモデルに残る
問い合わせ履歴や社内のやり取りをそのまま学習データにすると、担当者名、取引先の連絡先、退職した社員に関する記述などが混ざりやすくなります。学習させた後で、その情報がモデルの出力にどう影響しているかを確かめるのは容易ではないのです。前の節で触れたとおり、学習済みモデルの一部だけを後から直すことは前提にできません。個人名や連絡先は、学習前に取り除くか仮の名前に置き換えるのが基本です。社外に出したくない情報を自社の中だけで扱いたい場合は、自社のサーバーでモデルを動かすローカルLLMという選択肢もあり、学習させるかどうかとは別の軸で検討することになるでしょう。
会社で学習が要るかの判断表
学習が要るかどうかは、覚えさせたいのが事実なのか答え方なのか、そして維持の費用と手間を負えるかで判断できます。次の2つのリストのうち、当てはまる項目が多いほうを目安にしてみてください。
ファインチューニングを検討してよいケース
- 同じ形式の出力を、大量に毎日繰り返し作らせている指示や例を工夫しても形式が崩れる場合は、学習で型を覚えさせる意味が出てきます。
- 答えの形が決まった分類・抽出の作業が中心になっているカテゴリ分けや項目の抜き出しのように正解が決まっている作業は、学習の前後で良くなったかを比べやすくなります。
- 個人情報を除いた正解データを、まとまった件数用意できる件数が少なく偏っていると、過学習でかえって答えが崩れることがあります。
- 学習済みモデルの維持費と、作り直しの費用を予算に入れられるAzureでは使わない月も1つのデプロイで月197,716円のホスティング費用がかかり、ベースモデルの提供が終われば作り直しになります。
- 使うAIを1つのモデルに固定してよい学習済みモデルは土台のモデルの上でしか使えず、他社のAIには持ち出せません。
- 学習データを整え、評価を続ける担当者か委託先がいる学習は1回で終わらず、業務の変化に合わせたやり直しと、回答の確認が続きます。
RAGや指示の工夫で足りるケース
- 就業規則や業務マニュアルの内容を答えさせたい社内の事実を答えさせる用途は、文書を検索して渡すRAGが向いています。
- 規程・料金・商品情報が年に何度も変わるRAGなら文書を差し替えるだけで、次の質問から新しい内容で答えられます。
- 回答の根拠になった資料を確かめたいRAGは検索した文書を回答に添えられるため、元の資料を開いて確認できます。
- 口調や書式の指定が、指示文と数件の例で守れている指示の工夫で足りているなら、学習まで進む必要は薄いと考えられます。
- ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityなど複数のAIを使い分けている同じ社内文書をどのAIにも渡せるRAGのほうが、特定のモデルに縛られません。
- 社内にAIの学習を担える担当者がいない文書の登録と指示の共有であれば、開発の知識がなくても始められます。
後者に多く当てはまる会社は、まずRAGとよく使う指示の共有から始めてみましょう。それでも形式や判断のくせが直らない作業が残ったときに、その作業に絞ってファインチューニングを検討すれば十分間に合います。
自社データを会社で安全に使うには
自社データをAIに反映させるときの安全性は、学習させるかどうかより、誰がどの資料をどのAIに読ませているかを会社が把握できるかで決まります。学習を選ばない場合に整えておきたい4つの仕組みを紹介します。
社内文書は学習させず、RAGで参照させる
規程やマニュアルはモデルに学習させるのではなく、会社が管理する場所に置いて、質問のたびに検索して参照させる形にします。文書を差し替えれば内容が更新され、不要になった文書は外すだけで回答に使われなくなります。入れる前の文書の整え方や閲覧範囲の決め方は、RAGとはの記事で手順に分けて説明しています。
よく使う指示と手順をBOTにして社内で共有する
答え方の型をそろえたいという要望の多くは、よく使う指示文と手順をまとめたBOTを作り、社内で共有することで対応できるものです。ChatGPTのGPTs、GeminiのGem、Claudeのプロジェクトはいずれも、指示と参考資料をあらかじめ設定しておける機能になります。社員が各自で指示文を工夫するより、決まった型を1か所で直せるほうが、品質もそろえやすくなるでしょう。
利用ログを残し、使うAIを会社が選ぶ
誰がいつどのAIを使ったかを記録できる環境で使えば、問題が起きたときに経緯を確かめることが出来ます。部署や用途によって使ってよいAIを管理者が絞れるかどうかも、確認しておきたい項目です。入力してよい情報の線引きは生成AIの社内ガイドラインの作り方、点検項目は生成AIのセキュリティチェックリストにまとめています。
入力が学習に使われない設定を会社として揃える
ファインチューニングをしない場合でも、社員がAIに入力した内容が提供元の学習に使われる設定のままでは、自社データが意図せず外に出る経路が残ってしまいます。個人向けのプランでは学習利用の設定を利用者本人が切り替える形が多く、会社から全員の設定を確かめるのは難しくなります。契約と設定で学習に使われない状態を揃える方法は、ChatGPTに学習させない設定で詳しく解説しています。まずこの形で始め、足りない部分を確かめてから学習を検討する順番が、無理のない進め方になります。
よくある質問
ChatGPTのファインチューニングとは何ですか?
ファインチューニングとRAGの違いは何ですか?
ファインチューニングの具体例を教えてください。
ファインチューニングの料金はどのくらいかかりますか?
自社の資料をAIに覚えさせるには、ファインチューニングが必要ですか?
まとめ
ファインチューニングとは、学習済みのモデルに自社や特定分野のデータを追加で学習させ、答え方や判断のくせを特定の用途に合わせる手法です。手法には全パラメータを動かす完全なファインチューニングと、LoRAなど一部だけを学習させるPEFTがあり、データの準備、手法の選択、学習、評価の順に進めることになります。
一方で、2026年のOpenAIによる提供の縮小、Azureで使わない月もかかるホスティング費用、ベースモデルの提供終了に伴う使用期限、学習データに個人データを混ぜるリスクと、会社で使うまでに越える壁は少なくありません。社内の事実を答えさせたいならRAG、答え方をそろえたいならまず指示の工夫とBOTの共有で試し、それでも足りない作業だけを学習の候補にしてみてください。法人のAI活用に関するほかの記事は、AI活用コラム一覧からご覧いただけます。
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