
会計事務所のDXとは、クラウド会計やペーパーレス化、AI-OCRなどのデジタル技術を使い、事務所の仕事の進め方と顧問先へのサービスの形を変えていく取り組みのことです。生成AIはその中で、仕訳や計算ではなく、読む・書く・調べるといった文章まわりの仕事を受け持つ場所に置くことになります。始める順番は、職員が個人契約でばらばらに使っている状態の棚卸し、事務所で1つの環境を全員に配ること、入力してよい情報の線引きと利用規程を決めることの3つです。顧問先の支援に広げるのは、所内の使い方が固まってからで間に合います。
業務別の使い方や導入の注意点といった税理士のAI活用の全体像は親記事にまとめています。ここでは、事務所の総務担当や所長がDXを進める中で、生成AIをどの位置に置き、何を決めてから配るかに絞ってお伝えします。
会計事務所のDXとは|IT化・デジタル化との違いと3段階
会計事務所のDXは、ソフトを入れ替えることではなく、事務所の仕事の進め方と顧問先へのサービスの形を変えるところまでを含む言葉です。経済産業省は「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月19日改訂)の中で、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。会計事務所に当てはめると、顧問先のニーズを起点に、記帳・申告・相談の進め方と事務所の組織を変えていく取り組み、と読み替えることが出来ます。
DXの定義とIT化・デジタル化との違い
IT化やデジタル化は、今ある作業を道具に置き換えることを指して使われることが多い言葉になります。手書きの帳簿を会計ソフトに移す、紙の請求書をPDFで送る、などの変化がこれに当たります。DXはその先で、浮いた時間を顧問先への提案に回す、面談の形を変える、など仕事の中身の変化までを求めるものです。
生成AIも同じで、ChatGPTを1人が便利に使っているだけなら、まだIT化の段階にとどまります。事務所として誰が何に使い、どの情報を入れ、出た文をどう確かめるかまで決めて、初めてDXの一部になります。
DX推進の3段階モデル(デジタイゼーション→デジタライゼーション→DX)
経済産業省の「DXレポート2(中間取りまとめ)」(2020年12月28日)は、DXを3つの段階に分けて整理しました。同レポートでは、デジタイゼーションは「アナログ・物理データの単純なデジタルデータ化」で典型は紙文書の電子化、デジタライゼーションは「個別業務・プロセスのデジタル化」と説明されています。3段階目のデジタルトランスフォーメーションは、全社的な業務・プロセスのデジタル化と、顧客起点の価値創造のために事業やビジネスモデルを変革することを指す、という整理です。
| 段階 | DXレポート2での説明 | 会計事務所での例 |
|---|---|---|
| デジタイゼーション | アナログ・物理データの単純なデジタルデータ化 | 紙の証憑や書類をスキャンして電子で保管する、所内の文書をデータで共有する |
| デジタライゼーション | 個別業務・プロセスのデジタル化 | クラウド会計、電子申告、AI-OCRでの仕訳、顧問先とのチャット連絡 |
| デジタルトランスフォーメーション | 全社的な業務・プロセスのデジタル化と、顧客起点の価値創造のための事業やビジネスモデルの変革 | 顧問先の数字を使った月次の経営相談、サービスメニューや面談の形そのものの見直し |
※定義と段階の説明は、経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」(2020年11月9日策定・2024年9月19日改訂)と「DXレポート2(中間取りまとめ)」(2020年12月28日)を2026年9月28日に確認したものです。会計事務所での例は編集部による当てはめです。
同レポートは、多くの中小企業ではIT機器の導入をはじめとするデジタイゼーションの段階にさえ進んでいないのが現状だと指摘しています。会計事務所でも、紙の電子化から順に整えていくのが無理のない進め方になるでしょう。生成AIは、この3段階のどこか1か所に置く道具ではなく、段階ごとに役割を変えながら使えるところに特徴があります。
会計事務所にDXが必要な理由|法改正・人手不足・顧問先の変化
会計事務所にDXが求められるのは、法制度・働き手・顧問先の3方向から同時に変化が来ているためです。どれか1つだけなら従来のやり方で吸収できても、3つが重なると紙と手作業を前提にした流れでは追いつかなくなってしまいます。
インボイス制度と電子帳簿保存法で、データのまま回す流れが前提に
国税庁によると、インボイス制度は令和5年(2023年)10月1日から始まり、インボイスがない仕入れや経費は、原則として仕入税額控除ができない仕組みになりました。電子帳簿保存法では、所得税(源泉徴収に係る所得税を除く)と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合、その取引情報を電磁的記録で保存しなければならないとされています(国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」令和7年6月版 問1)。顧問先から請求書や領収書がPDFやデータで届く場面が増える中、事務所の側だけが紙に戻して処理する流れのままでは、手間が二重にかかってしまいます。
税理士法も、電磁的方法の積極的な利用を求めている
税理士法第2条の3は、税理士が業務を行うに当たり、電磁的方法の「積極的な利用その他の取組を通じて、納税義務者の利便の向上及びその業務の改善進歩を図るよう努めるものとする」と定めています。努力義務ではありますが、事務所の仕事をデジタル前提に組み替えていく方向は、法律の側からも示されている形です。
人手不足と、顧問先が税理士に求める役割の変化
採用が難しい中で、記帳や入力に職員の時間を取られ続けると、相談や提案に回せる時間が残りません。顧問先の経営者もクラウドのツールや生成AIに触れるようになり、過去の数字をまとめる以上の助言を求める声も出てくるでしょう。生成AIは、議事録や説明文の下書き、調べものの一次整理といった文章まわりの時間を縮める道具として、この変化に直接効いてきます。
※インボイス制度は国税庁「インボイス制度について」、電子帳簿保存法は国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」(令和7年6月)、税理士法はe-Gov法令検索(2025年10月1日施行版)で、いずれも2026年9月28日に確認しました。
DXの中で生成AIをどこに置くか
生成AIは、ペーパーレス化やクラウド会計、AI-OCRの代わりではなく、それらが整えたデータと文書の上で、人が読む・書く・調べる作業を肩代わりする位置に置くのが自然です。数字を正しく記帳する仕事は会計ソフトとAI-OCRに任せ、生成AIには文章と説明の仕事を渡す、という分け方になります。
ペーパーレス化・ペーパーストックレスと生成AI
紙をいきなりなくすのではなく、紙で受け取ったものもスキャンして保管は電子で行う、という段階的な考え方がペーパーストックレスです。所内のマニュアルや過去の説明資料が電子化されると、生成AIに読ませて要点を引き出す、などの使い方が出来るようになります。一方で、スキャンした顧問先の証憑をそのまま生成AIに読ませるかどうかは、入力してよい情報の線引きを決めてからにしてください。
クラウド会計の導入と生成AI(顧問先とのリアルタイムな共有)
クラウド会計を顧問先と共有すると、試算表が早く固まり、月次の面談で最新の数字を見ながら話せるようになります。生成AIが役に立つのはその次で、数字の変化を顧問先向けの平易な説明文に直す下書きや、面談で聞く質問の洗い出しに使えます。会計データそのものをAIに入れるかどうかは、後で紹介する判断表に沿って決めましょう。
RPA・AI-OCRによる自動化と生成AIの違い
RPAは決まった手順の繰り返しを、AI-OCRは紙や画像の文字の読み取りを自動にする道具です。どちらも答えが1つに決まる作業に向いていて、同じ入力には同じ結果を返すことが期待されます。生成AIは、答えが1つに決まらない文章の作成や要約、質問への回答を得意とする一方で、もっともらしい誤りを混ぜることがあります。仕訳や税額の計算を生成AIに任せず、文章の下書きと確認の補助に置く、という分担を守れば、DXの中での役割はぶれません。業務ごとの具体的な使いどころは会計事務所のAI活用事例でも紹介しています。
DXの3段階ごとに、生成AIにさせてよいこと・まださせないこと
3段階のそれぞれで生成AIに渡す仕事を、させてよいこととまださせないことに分けたのが次の表になります。
| 段階 | 事務所の主な取り組み | 生成AIにさせてよいこと | まださせないこと |
|---|---|---|---|
| デジタイゼーション | 紙の証憑・書類のスキャン保存、所内文書の電子化 | 所内マニュアルや研修資料の要約、法令・通達など公開資料の読み解きの補助 | 顧問先の証憑画像の読み込み(判断表と規程ができるまで) |
| デジタライゼーション | クラウド会計、電子申告、AI-OCR、チャットでの連絡 | 顧問先への説明文やメールの下書き、面談記録の要約、確認事項のリスト作り | 仕訳や税額の判断、根拠条文を確かめていない回答の送付 |
| デジタルトランスフォーメーション | 顧問先データを使った経営相談、サービスメニューの見直し | 月次コメントの下書き、資金繰り説明資料の構成案、新しいサービスの企画のたたき台 | 人の確認を通さない顧問先への提出、顧問先の了解を得ていないデータの持ち込み |
右の列は禁止事項の一覧ではなく、ルールと確認の手順が整う前にはさせない作業の目安と考えてください。段階が進むほど生成AIに渡す情報は重くなるため、置き場所と一緒に、入れてよい情報の線引きを先に決めることが欠かせません。
職員が個人契約のAIをばらばらに使うと、顧問先データはどこへ出るか
事務所としての環境がないまま生成AIが広がると、職員は自分のアカウントの無料版や個人の有料プランで仕事を始めてしまいがちです。こうした、事務所が把握していない利用は野良AI(シャドーAI)と呼ばれ、顧問先の情報が事務所の管理の外に出る経路になりかねません。
個人向けのChatGPTでは、設定を変えない限り、会話がモデルの学習に使われる場合があります。OpenAIの公式ヘルプは、設定の「すべての人のためにモデルを改善する」をオフにすると、会話は引き続きチャット履歴に表示されるものの、ChatGPTのトレーニングには使用されないと説明していますが、オフにするかどうかは職員一人ひとりの操作次第です。事務所の側からは、誰がどの設定で何を入力したのかを確かめる手段がありません。
個人情報保護委員会の注意喚起と、税理士の守秘義務
個人情報保護委員会は2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報取扱事業者が本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある、と指摘しました。そのうえで、入力する場合は、サービスの提供事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めました。
税理士法第38条は「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない」と定めています。条文に生成AIの語はなく、個人契約のAIを使うこと自体が直ちに違反になるとまでは言えません。それでも、顧問先の秘密を預かる立場として、どこへ入力したのかを説明できない状態は避けたいところでしょう。
※個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)、税理士法第38条(e-Gov法令検索)、OpenAIヘルプ「ChatGPT のデータ管理」を2026年9月28日に確認しました。
個人契約がばらばらな状態を棚卸しする手順
禁止の通知を出す前に、まず今どう使われているかを責めずに集めるところから始めてみてください。
- 所長の名前で、申告した内容を理由に処分しないことを先に伝え、使っているAIサービスを職員に申告してもらう(サービス名、無料か有料か、個人契約か)
- 何の業務に使ったか、顧問先名・数値・個人名を入れたことがあるかを、はい・いいえで答えてもらう
- 学習の設定(ChatGPTなら「すべての人のためにモデルを改善する」)がオンかオフかを、職員と一緒に画面で確かめる
- 顧問先の情報を入れた会話が残っている場合は、業務に必要なものを事務所の保管場所に移したうえで、会話履歴を削除してもらう
- 業務で役に立っていた使い方を書き出し、事務所の環境で同じことが出来るかを確かめる
- 事務所の環境に移る期限を決め、それ以降は業務情報を個人契約に入れないことを規程に書く
申告の場で責める空気が出ると、次からは誰も本当のことを話してくれなくなってしまいます。役に立っていた使い方を事務所の環境でも出来るようにすることが、ばらばらな利用を終わらせる近道です。
顧問先データの出口を事務所が説明できる形にするには、職員全員が同じ環境を使える状態を先に用意することが近道です。UPGEAR AI(アップギアAI)は、ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityを1つの契約で使える法人向けサービスです(人数無制限)。
ChatGPTの学習させない設定の画面操作と、その限界
移行までのあいだ個人のChatGPTが残るなら、少なくとも学習に使わせない設定だけは全員で揃えましょう。OpenAIの公式ヘルプ「ChatGPT のデータ管理」に書かれているウェブ版の手順は、次のとおりです。
- アカウントメニューを開く
- 「設定」を選ぶ
- 「データコントロール」を選ぶ
- 「すべての人のためにモデルを改善する」を選んでオフにし、「完了」を選ぶ
スマートフォンのアプリでも、サイドバーからプロフィールアイコンを選んで設定を開き、「データコントロール」から同じ項目をオフに出来ます。ヘルプによると、サインインしている場合、この設定はデバイスに関係なくアカウント全体に適用されます。
設定だけでは埋まらない3つの穴
1つ目は、フィードバックの扱いです。ヘルプは、学習をオフにした後でも、回答に「いいね」や「よくないね」を付けると、そのフィードバックに関連する会話全体が学習に使われることがあると説明しています。2つ目は一時チャットで、履歴に残らずモデルの改善にも使われない代わりに、安全上の理由から最大30日間保持される場合があります。3つ目は、この設定が職員本人の操作に任されていて、事務所の側から一律にかけたり、確かめ続けたりする仕組みがない点になります。
ChatGPT Business、ChatGPT Enterprise、ChatGPT Eduなどの管理対象のワークスペースについて、OpenAIはデフォルトでコンテンツを学習に使わないとヘルプで案内しています。個人の設定に頼る状態から、事務所として条件を揃えられる契約へ移すことが、3つ目の穴をふさぐ方法です。
※画面の項目名はOpenAIヘルプ「ChatGPT のデータ管理」の日本語版の表記です(2026年9月28日確認)。同じヘルプの中に「すべてのユーザー向けにモデルを改善する」という表記も見られ、実際の画面の文言は更新で変わることがあります。一時チャットの扱いは、OpenAIヘルプ「ChatGPT の一時チャット」(https://help.openai.com/ja-jp/articles/8914046 ・2026年9月28日確認)の、保存しない限り履歴に表示されない、一時チャットである間はモデルの改善に使用されない、安全上の目的でコピーが最長30日間保持される場合がある、という説明によります。
顧問先データを生成AIに入れてよいかの判断表
入力してよい情報は、職員の感覚に任せず、情報の種類ごとに表で決めて配るほうが、職員の迷いは少なくなります。下の表は、学習の設定を確かめていない個人契約と、学習に使わない設定を事務所で一律にかけた環境の2つに分けた目安です。
| 情報の種類 | 学習の設定を確かめていない個人契約 | 学習に使わない設定を事務所で一律にかけた環境 |
|---|---|---|
| 法令・通達・国税庁の公表資料など公開情報の要約や言い換え | 入れてよい | 入れてよい |
| 所内マニュアル、研修資料、事務所の定型文 | 入れない | 入れてよい |
| 顧問先名を伏せ、業種と論点だけにした相談文 | 入れない | 入れてよい(伏せ方に迷ったら所長に確認) |
| 顧問先名つきの試算表・決算数値・申告の内容 | 入れない | 所長が認めた業務に限り、顧問先の了解を得たうえで入れてよい。出力は担当者が原資料で確かめる |
| 顧問先の従業員・取引先の氏名や住所など個人データ | 入れない | 利用目的の範囲内かを確かめ、必要最小限に限る |
| マイナンバー(個人番号) | 入れない | 入れない |
| 税務調査でのやり取り、未公表の組織再編や事業承継の計画 | 入れない | 所長の個別判断。原則は入れない |
| ログインID・パスワード・電子証明書に関する情報 | 入れない | 入れない |
表の中で迷いやすいのは、顧問先名を伏せた相談文でしょう。業種と論点だけに直したつもりでも、地域や売上規模、特徴的な取引が重なると、読む人には顧問先が分かってしまう場合があります。伏せ方に自信がないときは、事務所の環境の中だけで扱うようにしましょう。個人データの行は、個人情報保護委員会の注意喚起が挙げる、利用目的の範囲内かどうかと、提供事業者が機械学習に利用しないかどうかの2点をもとにしています。
事務所のAI利用規程に最低限入れる条文のひな形
判断表を実際に守ってもらうには、事務所の規程として文章にしておくことが欠かせません。次のひな形は、職員数名から数十名の事務所を想定した最小限の8条になります。
- 第1条(目的)本規程は、職員が生成AIを業務に使うときの範囲と手順を定め、顧問先の秘密と個人情報を守りながら、業務の質と速さを高めることを目的とする。
- 第2条(使ってよい環境)業務に使う生成AIは、事務所が契約し所長が指定した環境に限る。個人で契約したサービスや無料版に業務上の情報を入力してはならない。
- 第3条(入力の区分)入力してよい情報は、別表(入力の判断表)に従う。マイナンバー、パスワード類、電子証明書に関する情報は入力しない。
- 第4条(出力の確認)顧問先へ提出する文書や申告に関わる出力は、担当者が根拠条文と数値を原資料で確かめ、上長が確認してから使う。
- 第5条(記録と点検)利用ログは事務所が保存し、AI担当者が月1回点検して所長に報告する。
- 第6条(アカウントの管理)アカウントは入所時に発行し、退所・異動の当日に停止または権限を見直す。
- 第7条(誤入力の報告)判断表に反する入力をした場合や、その疑いがある場合は、直ちにAI担当者に報告する。
- 第8条(見直し)本規程と別表は、AI担当者が年1回以上見直し、所長の承認を得て改める。
条文は短いほど読まれます。事務所の実情に合わせて言葉を直し、全職員に読んでもらったうえで、読んだ記録を残してください。一般の会社向けの考え方は生成AIの社内ガイドラインの作り方でも扱っています。
所長がDXを主導し、専任の担当を置く
生成AIを含むDXは、所長が自分で使い、方針を言葉にするところから動き出します。現場の職員に任せたままだと、便利だと感じた人だけが個人契約で使い、慎重な人は使わないという差が広がってしまいます。
経営者・所長がDXを主導する必要性
所長が主導すべきなのは、生成AIの扱いが顧問先との約束や守秘義務に直結し、職員の判断では決めきれないためです。入力してよい情報の線引きや、顧問先から聞かれたときの説明の仕方は、事務所の責任者にしか決められません。まずは所長自身が1週間、面談記録の要約や説明文の下書きに使ってみてください。
DX専任担当者の配置と、生成AIの係の仕事
担当者は専任が望ましいものの、小さな事務所で専任が難しければ兼任でも構いません。その場合も週のうち決まった時間を割り当て、名前を所内に知らせることが大切になります。生成AIについて担当者が受け持つのは、アカウントの発行と停止、判断表と規程の更新、利用ログの点検、職員からの相談窓口の4つです。若手の職員に任せる場合でも、決める権限は所長に残し、担当者には運用と報告を頼む形にしましょう。
職員に配る前に決める項目のチェックリスト
環境を配る日の前に、次の8項目が決まっているかを確かめてみてください。
- 使う環境を1つに決めたか職員ごとに別のサービスを使う状態を残すと、設定もログも揃いません。
- 学習に使わない設定が全員に一律でかかるか職員本人の操作に任せる方式では、漏れに気づけません。
- 入力の判断表を配り、説明したか配るだけでなく、迷いやすい行を例で説明しておきます。
- 出力を確かめる人を決めたか顧問先へ出す文書は、担当者と上長の二人の目を通す形にします。
- 利用ログを誰がいつ見るかを決めたか目安は月1回です。点検の結果は所長に短く報告します。
- 入所・退所のときのアカウントの手順を決めたか退所の当日に停止できる担当と手順を書いておきます。
- 個人契約からの移行期限を決めたか期限の後は、業務情報を個人契約に入れないことを規程に書きます。
- 誤って入力したときの報告先を決めたか報告した人を責めない方針も、あわせて伝えておきます。
顧問先を巻き込むのは、所内のルールが固まってから
顧問先を巻き込んだDXは新たな収益源にもなり得ますが、生成AIについては所内の利用を先に固め、その後で顧問先の支援に広げる二段階の順番をおすすめします。顧問先の秘密を預かる事務所が、自分たちの使い方を説明できないまま顧問先にAI活用を勧めると、かえって信頼を損ねかねません。
第1段階:所内の利用を固める
第1段階では、職員全員が同じ環境を使い、判断表と規程のもとで実際の業務に使う経験を積みます。顧問先への説明文の下書きや面談記録の要約など、所内で完結する使い方から始めると、出力を確かめる習慣が根付きやすくなります。
第2段階:顧問先への価値提供と新たな収益源に広げる
所内で型が出来たら、顧問先から生成AIの使い方を相談されたときに、事務所で使っている判断表や規程のひな形をもとに助言することが出来ます。顧問先の経理担当向けに使い方の勉強会を開く、規程づくりを手伝うなどの支援は、クラウド会計の導入支援と並ぶ新しいメニューの候補になるでしょう。顧問先のデータを事務所のAI環境で扱う場合は、その旨を顧問先に伝え、了解を得てから始めてください。
会計事務所のDX事例|公表されている取り組みと効果
DXと聞いても、自分の事務所で何がどれくらい変わるのかは想像しにくいものです。ここでは、提供会社が公開している会計事務所の導入事例から3つを選び、何を変えて、どんな数字が出たのかを紹介します。どの数字も提供会社や事務所側の発表で、第三者が検証したものではない点は割り引いて読んでください。
スキャナーとAI-OCRで、入力と仕訳の時間を減らした例
スキャナーメーカーのPFUが公開している導入事例では、ある税理士法人の拠点の1つ(2022年6月時点で従業員18名)が、スキャナーとAI-OCRの仕訳システムを入れた様子が紹介されています。この事務所では、目安として年間で延べ1万8000時間ほどを月次業務に充てていて、それが全業務の40パーセントを占めていたそうです。導入から3か月の時点のインタビューで、年間1200時間の削減は確実だろうという見通しが語られました。
ここで出ているのは見通しの数字で、実績として確定した値ではありません。それでも、紙の証憑を読み取ってデータにする作業が、事務所の時間をどれだけ占めていたかがよく分かる事例です。
クラウド会計への切り替えで、決算の作業時間が短くなった例
freeeの導入事例には、インストール型の会計ソフトからクラウド会計に切り替えた、独立開業の税理士事務所が載っています。法人の決算申告に7〜8時間程度(丸1日)かけていたのが、ほかの業務をしながら2時間程度で終わるようになり、月次決算の作業時間も半分程度まで減ったそうです。
クラウド会計は、DXの3段階でいえばデジタライゼーションにあたります。独立開業の事務所でも、使う仕組みを変えた効果が数字に表れた例です。
定額制のクラウドサービスに切り替え、OCRの費用を減らした例
システム提供会社のSoLaboが2025年12月18日にPR TIMESで出した発表では、ある税理士法人が、定額制のクラウド業務基盤を導入し、従量課金型のOCRサービスの利用件数を減らした例が紹介されています。導入前は月平均約6,300件あった利用が、導入月の10月に3,180件、11月には947件になり、2か月で6割以上の削減になりました。外部の記帳代行サービスの契約をやめるところまで、業務の見直しが進んだと書かれています。
減ったのは作業時間ではなく、OCRの利用件数とそれにかかる費用でした。DXの効果を時間だけでなく、外に払っている費用でも見ておくと、所内で説明するときの材料が増えるでしょう。
事例から見える、生成AIを足す順番
3つの事例で効果が出ているのは、紙をデータにする段階と、会計ソフトを入れ替える段階です。生成AIは、こうした流れと並行して、説明文や確認事項の下書きを任せる場所に置くと、役割がぶれにくくなります。生成AIを使った会計事務所の事例や、業務別の使いどころは会計事務所のAI活用事例でくわしく紹介しています。
※事例の数字は、PFU「導入事例」(https://www.pfu.ricoh.com/fi/digitarakuru/casestudy-0003.html ・2022年6月掲載)、freee「導入事例」(https://www.freee.co.jp/cases/osada_acc/ ・掲載日の記載なし)、株式会社SoLaboのプレスリリース(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000395.000044897.html ・2025年12月18日)の記載です(いずれも2026年10月16日確認)。
事務所の規模別に見る、生成AIの始め方
事務所の規模によって、生成AIの始め方で重くなる部分は変わります。下の表は職員数で3つに分けた編集部の目安で、実際の事務所の事例を集計したものではありません。
| 規模(目安) | 先に決めること | 生成AIの最初の使い道 | つまずきやすい点 |
|---|---|---|---|
| 小規模(所長と職員5名前後) | 所長が担当を兼ね、判断表と規程を短く作る | 面談記録の要約、顧問先向け説明文の下書き | 所長が忙しく、ルールが口約束のまま残る |
| 中規模(職員10〜30名前後) | 担当者を決め、個人契約の棚卸しから始める | チームごとの定型文の型づくり、所内マニュアルの要約 | チームごとに使うAIがばらばらになる |
| 大きめ(職員30名を超える) | 拠点や部門ごとの権限と、ログ点検の分担を決める | 部門ごとの型の共有、研修資料づくり | 規程の周知に時間がかかり、個人契約が残り続ける |
どの規模でも、最初の1か月は使い道を2つ程度に絞るほうが、職員の迷いは少なくなります。慣れてきたところで、使い道を1つずつ足していくと無理がありません。
生成AIを含むDXの失敗パターンと注意点
失敗の多くは、道具の性能ではなく、順番と役割の決め方から生まれます。点検の観点は生成AIのセキュリティ対策チェックリストも参考にしてください。
失敗1:禁止だけして、利用が見えなくなる
生成AIを全面禁止にすると、便利さを知った職員が個人のスマートフォンで使い続け、事務所からは何も見えなくなってしまいます。禁止よりも、使ってよい環境を先に用意するほうが、事務所としては管理しやすいはずです。
失敗2:出力を確かめないまま顧問先に出す
生成AIはもっともらしい誤りを混ぜることがあり、条文番号や適用年度が違っていても、文章は自然に読めてしまいます。顧問先に出す文書は、根拠を原資料で確かめる人と、最後に目を通す人を決めておきましょう。
失敗3:ツールを入れただけで、仕事の流れが変わらない
生成AIの環境を配っても、面談記録の書き方や月次報告の作り方が以前のままなら、使われる場面は増えません。どの作業のどの手順を生成AIに置き換えるのかを、担当者と一緒に1つずつ決めるところから始めましょう。
失敗4:一度に全部を変えようとする
クラウド会計の切り替えとペーパーレス化と生成AIの導入を同じ月に始めると、職員の負担が重なり、どれも中途半端になりがちです。生成AIは所内で完結する使い道から小さく始め、ほかの取り組みと時期をずらして広げていくと定着しやすくなります。
事務所のDXのうち生成AIの部分は、職員全員に配れる定額の環境から
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UPGEAR AIの詳細を見るよくある質問
会計事務所のDXは、何から始めればよいですか?
会計事務所のDXでは、どのくらいの効果が出ていますか?
生成AIはDXの3段階のどこで使うものですか?
顧問先の決算数値をChatGPTに入れても大丈夫ですか?
職員が個人で契約したChatGPTは、すぐに使用禁止にすべきですか?
職員が数名の小さな事務所でも、AI利用規程は必要ですか?
まとめ
会計事務所のDXで生成AIを置く場所は、仕訳や計算の自動化ではなく、読む・書く・調べるといった文章まわりの仕事になります。ペーパーレス化、クラウド会計、AI-OCRで整えたデータと文書の上に重ねて使うと、3つの段階それぞれで役割がはっきりしてきます。
始める順番は、個人契約の棚卸し、事務所で1つの環境を全員に配ること、判断表と利用規程を決めることの3つです。所内の使い方が固まってから顧問先の支援に広げれば、守秘義務を負う立場としても説明のつく形でDXを進められるでしょう。複数のAIを1つの環境でまとめて使う考え方はマルチAIとはで、ほかの業種の記事はAI活用コラム一覧で紹介しています。
