
司法書士のAI活用とは、登記申請書や議事録、相続関係説明図などの下書きや、手続の下調べに生成AIを使い、事務所の作業時間を減らす取り組みを指します。効果が出やすいのは定型書類のドラフトと文章の整理で、依頼者の情報を入れる前に、学習に使われない設定と利用ログを事務所で管理できる環境を用意することが前提となります。書類に記名し職印を押すのは司法書士であり、AIの下書きを使っても中身への責任は変わりません。守秘義務を定めた司法書士法第24条の原文から、補助者の扱い、事務所ルールのひな形まで順に見ていきましょう。
司法書士事務所でAIに任せやすい作業・任せない作業
AIに任せやすいのは、言葉や書式を整える作業と、公開されている情報をもとにした下調べになります。反対に、依頼者の意思を確かめること、手続の選び方や登記の可否を判断すること、書類に記名して職印を押すことは、司法書士の手元に残す仕事です。事務所の仕事をこの2つに分けて並べてみると、おおよそ次のような形になるでしょう。
AIに下書きや整理を任せやすい作業は、次のとおりとなります。
- 株主総会議事録・取締役会議事録のひな形づくりと、文面の言い回しの整え
- 登記申請書の定型部分の下書きと、補助者向けの確認表づくり
- 相続関係説明図の構成案、遺産分割協議書の条項の言い回しの候補出し
- 依頼者への案内文、必要書類の一覧、メール返信の下書き
- 長い契約書や規約、法令の改正資料の要点整理
- 補助者向けの手順書や研修資料の叩き台
一方で、AIに任せずに司法書士が担う作業は次のとおりです。
- 依頼者との面談と、本人であること・依頼の意思の確認
- 登記・供託の手続の選択と、登記の可否の判断
- 添付書面の要否や登録免許税の額の最終確認
- 書類の最終確認と、記名・職印・電子署名
- 相談に対する最終的な回答
線を引くときの目安は、AIの出力を「そのまま依頼者や法務局に出すかどうか」で考えることになります。AIの下書きは、必ず司法書士か補助者が読み直してから使う前提にすれば、業務のさまざまな場面に組み込みやすくなってきます。まずは所内の作業を書き出し、どちらに入るかを色分けするところから始めてみてください。
登記申請書・議事録のドラフト作成にAIを使う
登記申請書や議事録でAIが役に立つのは、ゼロから文面を起こす手間を減らす場面になります。商業登記の議事録は決議事項ごとに言い回しの型があり、AIに型を示して下書きさせると、清書までの時間を縮めることが出来ます。実際に使うときは、会社名や役員の氏名を入れずに「A株式会社」「取締役B」のような仮の名前で下書きを作り、事務所の中で実名に差し替える流れが安全でしょう。
議事録のドラフトで使う指示の例
指示には、決議の種類・出席者の構成・議長・決議の結果を箇条書きで渡し、書式は事務所のひな形に合わせるよう伝えるのが基本です。例えば次のような形で頼むと、手直しの少ない下書きが返ってきやすくなります。
指示の例:次の条件で、取締役会議事録の下書きを作ってください。会社名はA株式会社、取締役はB・C・Dの3名で全員出席、監査役Eも出席。議長は代表取締役B。決議事項は代表取締役の選定の件で、全員一致で可決。日付と場所は【日付】【場所】のまま残してください。書式は添付のひな形に合わせ、法令に触れる箇所には条番号を書いてください。
返ってきた下書きは、定款の定め・登記簿の記載・添付書面との整合を、人の目で必ず確かめましょう。AIは個々の会社の定款の中身を知らないため、機関設計や任期の扱いを一般論で埋めてしまうことがあります。定款の該当箇所を確かめる手順を、議事録のチェック表に1行入れておくと安心です。
登記申請書は「型」と「チェック表」に使う
登記申請書そのものは、事件ごとに添付情報や登録免許税の計算が変わるため、AIに丸ごと作らせるより、型の下書きと確認用のチェック表づくりに使うほうが向いています。所内で使っている申請書の様式を匿名化してAIに渡し、「この様式で記載漏れが起きやすい項目を一覧にしてください」と頼むと、補助者向けの確認表の叩き台が出来上がります。登録免許税の額や添付書面の要否は、AIの答えをそのまま使わず、法令と法務局の案内で確かめてください。
確認表は、ベテランの補助者が頭の中で持っている注意点を文字にする道具としても役立ちます。AIに叩き台を作らせ、ベテランが赤を入れる流れにすると、新人の補助者に引き継ぎやすい資料が残ることになります。
相続業務(戸籍の読み取り・相続関係説明図・遺産分割協議書)でのAI活用
相続業務でAIが助けになるのは、集めた情報を図や条項に組み立てる段階です。一方で、戸籍や住民票の写しには、氏名・本籍・生年月日・家族関係といった、依頼者だけでなく親族の個人情報がまとまって載っています。画像をそのままAIに読み込ませる前に、どの環境に入れてよいかを事務所で決めておくことが欠かせません。
戸籍の読み取りは「構造だけ」をAIに渡す
戸籍の読み取りでAIを使うなら、人が戸籍から拾った続柄と出生・死亡の順番を、仮の名前で書き出してから渡す方法が安全になります。「被相続人A、配偶者B、長男C、長女D(Aより後に死亡、子E・F)」のように構造だけを渡せば、法定相続人の整理や相続関係説明図の構成案をAIに作らせることが出来ます。ただし、代襲相続や数次相続が重なる事案では取り違えが起きる可能性があるため、結論は必ず戸籍の原本と照らし合わせてください。
相続関係説明図は「構成案」までをAIに
相続関係説明図では、誰を上段に置き、どの線でつなぐかといった構成の案をAIに出させると、作図の迷いが減ります。図そのものは事務所で使っている作図ソフトや書式で仕上げ、AIの中に完成図や実名を残さない運用が扱いやすいでしょう。戸籍の束から人が拾う作業は残りますが、拾った情報を図にする段階の時間は短くなっていきます。
遺産分割協議書は条項の言い回しに使う
遺産分割協議書では、財産の書き方や代償金の条項など、言い回しの候補を出させる使い方が向いています。不動産の表示や預金口座の番号はAIに入れず、事務所の書式で後から差し込みましょう。依頼者への説明用に、協議書の内容をやさしい言葉で要約させる使い方も、手戻りを減らす助けになるでしょう。
独占業務(司法書士法第3条)とAIの線引き|職印を押すのは司法書士
AIが下書きした書類でも、依頼を受けて作成し、記名して職印を押す以上、その書類は司法書士が作成した書類として扱われると考えるのが自然です。司法書士法第3条第1項は、他人の依頼を受けて行う業務として、登記・供託の手続の代理、法務局に提出する書類や電磁的記録の作成、裁判所や検察庁に提出する書類の作成、これらの事務についての相談などを挙げています。そのうえで第73条第1項は、司法書士会に入会している司法書士や司法書士法人でない者が、第3条第1項第1号から第5号までの業務を行うことを禁じており、違反は第78条の罰則の対象となります。
司法書士法 第七十三条第1項(非司法書士等の取締り):司法書士会に入会している司法書士又は司法書士法人でない者(協会を除く。)は、第三条第一項第一号から第五号までに規定する業務を行つてはならない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
第七十八条(要旨):第73条第1項の規定に違反した者は、一年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金。
※条文は2026年9月28日にe-Gov法令検索(司法書士法)で現行の原文を確認したものです。
施行規則が定める「自分で取り扱う」と「記名・職印」
司法書士法施行規則には、AIの使い方を考えるうえで押さえておきたい条文が2つあります。第24条は「他人による業務取扱いの禁止」という見出しで、司法書士が他人に業務を取り扱わせることを禁じています。作成した書類の末尾か欄外に記名して職印を押すこと、電磁的記録なら職名と氏名を記録して電子署名を行うことを求めているのが、第28条となります。
司法書士法施行規則 第二十四条(他人による業務取扱いの禁止):司法書士は、他人をしてその業務を取り扱わせてはならない。
第二十八条第1項(書類等の作成):司法書士は、その作成した書類(法第三条第一項第六号及び第七号に規定する業務に関するものを除く。)の末尾又は欄外に記名し、職印を押さなければならない。
第2項:作成した電磁的記録には職名及び氏名を記録し、かつ、連合会が発行する電子証明書等による電子署名を行わなければならない(要旨)。
※2026年9月28日にe-Gov法令検索(司法書士法施行規則)で確認。
条文にAIへの言及はありませんが、職印を押す人が中身に責任を持つという仕組みは、下書きをAIが作っても変わりません。AIの出力を読まずに職印を押すことだけは、事務所として禁じておきましょう。第2条は、司法書士に「業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない」と職責を定めています。AIの答えが条文や実務と合っているかを見極めるのはまさにこの精通の部分で、人が担う仕事として残るものになります。
守秘義務(司法書士法第24条)と個人情報|AIへの入力をどう考えるか
依頼者の情報を外部のAIサービスに入力することは、条文上ただちに違反と書かれているわけではありませんが、秘密を第三者の事業者に渡す行為になる点を前提に考える必要があります。
司法書士法 第二十四条(秘密保持の義務):司法書士又は司法書士であつた者は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない。
第七十六条:第二十四条の規定に違反した者は、六月以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
※2026年9月28日にe-Gov法令検索で現行の原文を確認。第76条の罪は告訴がなければ公訴を提起できません。
第24条は「司法書士であつた者」も対象にしており、司法書士でなくなった後も続く義務とされています。刑事罰に至るかどうかより前に、依頼者の信頼を失うこと自体が事務所にとって大きな損となってしまいます。
他士業のガイドラインが示す考え方
2026年9月28日時点で確認できた範囲では、日本司法書士会連合会が生成AIについて公開した指針は見当たりませんでした。参考になるのが、日本弁理士会が令和7年4月に公表した「弁理士業務AI利活用ガイドライン」になります。同ガイドラインは、外部事業者が提供する生成AIに秘密情報を入力する行為について、生成AI提供者という第三者に秘密情報を開示することになるため「守秘義務に違反するおそれがあり」と書いています。さらに、クライアントから得た秘密情報を入力する場合は「学習の有無によらずクライアントに合意を取るべきである」とも述べているのが特徴です。司法書士法第24条も弁理士法第30条も、業務で知った秘密を漏らすことを禁じる義務であり、考え方を借りることは出来るでしょう。
個人情報保護委員会の注意喚起(令和5年6月2日)
個人情報保護委員会は、令和5年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表しました。個人情報取扱事業者向けの部分では、本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、そのデータが応答の出力以外の目的で扱われると、個人情報保護法に違反する可能性があると指摘されています。そのうえで、入力する場合はサービス提供事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めているのが、この注意喚起の要点です。
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)(1)②の要旨:個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。そのため、当該生成AIサービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること。
出典:個人情報保護委員会(PDF)
司法書士事務所が扱う戸籍・登記・財産の情報は、個人データにあたるものが多くを占めます。学習に使われないと確かめた環境以外には、依頼者の個人データを入れないという線引きが出発点になります。
匿名化と学習オフ(オプトアウト)だけでは足りない理由
個人向けのAIサービスにも、入力を学習に使わない設定を用意しているものがあり、名前を伏せて入力する工夫も出来ます。ただ、設定は利用者1人ひとりの操作に任され、事務所からは誰がオフにしているかを確かめられません。匿名化も、住所や日付、珍しい事情の組み合わせで人物が分かってしまうことがあり、完全な対策にはなりにくいでしょう。学習オフと匿名化は重ねて使う補助の手段と考え、土台は事務所が管理できる環境に置くことをおすすめします。
弁護士の場合は、弁護士法23条と弁護士職務基本規程23条が秘密の保持を定めています。法律事務所での業務別の使い方と事務所ルールは、弁護士の生成AI活用|業務別の使い方と守秘義務を守る事務所ルールで整理しました。
学習オフや匿名化に頼る前に、職員全員が使うAIの環境を事務所で1つに決める方法があります。UPGEAR AI(アップギアAI)は、ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityを1つの契約で使える法人向けサービスです(人数無制限)。
補助者の守秘と責任は事務所の書面で固める
司法書士法の条文には補助者を名指しした秘密保持の規定が見当たらないため、補助者の守秘は事務所の誓約書や就業規則で固めておく必要があります。施行規則第25条は、司法書士が業務の補助のために補助者を置けること、置いたときや置かなくなったときは遅滞なく所属の司法書士会に届け出ることを定めています。一方、第24条の対象は「司法書士又は司法書士であつた者」で、2026年9月28日にe-Gov法令検索で確認した現行の条文では、法の本文で「秘密」の語が出てくるのはこの条だけでした。
他の士業の法律と比べると、違いが分かりやすくなります。行政書士法には第19条の3、社会保険労務士法には第27条の2として、使用人その他の従業者の秘密を守る義務が置かれています。もっとも、会則や日本司法書士会連合会の規程で補助者の守秘を定めている可能性はあり、補助者に守秘義務がないと言い切れるわけではありません。所属の司法書士会にも確認したうえで、事務所としても書面で約束を取り付けておきましょう。
補助者の誓約書に足しておきたいAIの項目
誓約書や就業規則には、秘密を漏らさないという一般的な約束に加えて、AIの使い方を具体的に書き込むと実効性が上がります。項目の例は次のとおりです。
- 事務所が指定したAI環境以外に、依頼者や事件に関する情報を入力しない
- 個人のスマートフォンや個人アカウントで、業務の書類を撮影したりAIに読み込ませたりしない
- AIの出力を、司法書士の確認を経ずに依頼者や官公署へ出さない
- 事務所のAI環境のIDやパスワードを、他の職員や外部の人と共有しない
- 退職した後も、在職中に知った依頼者の情報を漏らさない
施行規則第24条は他人に業務を取り扱わせることを禁じており、補助者がAIで書類を仕上げ、司法書士が目を通さないまま提出する流れは、この条文との関係でも避けたい形になります。補助者がAIを使うこと自体を止める必要はなく、使う環境と確認の順番を決めておくことが大切です。
個人アカウントのAIに依頼者情報が入ってしまう経路
依頼者の情報が事務所の管理外のAIに入る経路は、悪意よりも「便利だから」「急いでいたから」という日常の判断から生まれます。事務所の規模が小さいほど、ルールより習慣で動く場面が多くなりがちです。よくある形を3つ挙げてみましょう。
経路1:所長のアカウントを補助者と共用している
小さな事務所で起きやすいのが、所長が契約したChatGPTのアカウントを、補助者と同じIDで使い回す形です。OpenAIの利用規約は、アカウントの認証情報を他人と共有したり、アカウントを他人に利用可能にしたりすることを禁じています。法人向けのサービス契約でも、エンドユーザーアカウントは「1名のエンドユーザーに対してのみ」登録して使うものと定められ、1つの席を複数人で回す使い方は認められていません。共用していると、誰がどの依頼者の情報を入れたのかを後から追えなくなってしまいます。
経路2:補助者が自分の無料アカウントで使っている
事務所がAIを用意していないと、補助者が自分のスマートフォンや個人アカウントで、議事録の文面や依頼者へのメールを整えることがあります。組織が把握していないAIの利用は、シャドーAI(野良AI)と呼ばれています。個人アカウントの学習設定や履歴は本人にしか見えず、事務所からは何が入力されたのかを確かめられません。実態のつかみ方は野良AI(シャドーAI)の対策の記事で紹介しています。
経路3:事務所のメールアドレスで個人登録している
事務所のドメインのメールアドレスで、職員が個人としてChatGPTに登録している場合もあります。OpenAIの利用規約には、組織が所有するメールアドレスで作ったアカウントは組織のビジネスアカウントに追加される場合があり、移行後は組織の管理者がコンテンツへのアクセスを含めて管理できるようになるとの記載が見られます。後から事務所として法人契約を結ぶときには、既存の個人登録がどれだけあるかを先に把握しておく必要があるでしょう。
法人向けプランは既定で学習に使わない扱い
主要なAIの法人向けプランは、各社の公式な説明で、既定では入力を学習に使わない扱いとされています。
OpenAI(ヘルプ「ChatGPT Business - 概要」):OpenAI は、お客様のワークスペースのデータを学習に使用しません。
Anthropic(Privacy Center):By default, we will not use your inputs or outputs from our commercial products (e.g. Claude for Work, Anthropic API, Claude Gov, etc.) to train our models.(要旨:商用製品の入力・出力は、既定ではモデルの学習に使わない)
Google(Workspace Privacy Hub):Workspace does not use customer data for training models without customer's prior permission or instruction.(要旨:顧客の事前の許可や指示なく、顧客データをモデルの学習に使わない)
※2026年9月25〜26日に各社の公式ページで確認した記載です。
ただし、法人向けプランを契約しても、職員が個人アカウントを使い続けていれば、その分の入力はこの扱いの外に置かれたままとなります。大切なのは、事務所で使うAIを1つの契約にまとめ、個人アカウントへの入力をなくすことです。法人向けプランの料金や設定の違いはChatGPTの法人向けプランの記事で整理していますので、あわせてご覧ください。
ハルシネーション(誤情報)対策|条文・先例は一次情報で確かめる
AIの答えに含まれる条文番号・先例・登録免許税の額は、もっともらしく書かれていても誤っていることがあるため、必ず一次情報で確かめる必要があります。ハルシネーションとは、AIが事実と異なる内容を、正しいかのような文章で出力してしまう現象を指します。日本弁理士会のガイドラインも、生成された情報の真偽を確かめるファクトチェックは「必ず弁理士によって行う必要がある」としています。司法書士事務所に置き換えれば、確認の最終責任を持つのは司法書士ということになるでしょう。
同ガイドラインは、AIが生成した結果を検討・精査せずにそのままクライアントに提供することについて、民法第644条の善管注意義務に違反するおそれにも触れています。依頼者に渡す前に人が読むという工程は、効率化の中でも削れない部分となります。
確かめる先をあらかじめ決めておく
確認のたびに調べ先を探していては、AIで短くした時間が戻ってしまいます。内容ごとに、確かめる先を次のように決めておきましょう。
- 条文:e-Gov法令検索で現行の原文を開き、施行日と改正の有無も見る
- 登記の手続・様式:法務局や法務省が公表している資料
- 会社の情報:登記事項証明書と定款の原本
- 相続関係:戸籍・除籍の原本
- 裁判所に出す書類:裁判所が公表している書式と案内
AIに出典を書かせても、その出典が実在しない、または別の内容を指していることがあります。出典のリンクを開いて本文を読むところまでを、確認の1回と数える運用にしてみてください。同じ質問を2つのAIに投げて答えが食い違うかを見る方法も、確認すべき箇所を絞り込む手がかりになります。AIが示した条文番号は、e-Govで原文を開くまで使わないという約束を、所内で共有しておきましょう。
事務所ルールのひな形|AIに入力してよい情報・いけない情報
事務所のAIルールは、入力してよい情報といけない情報を具体例で並べた1枚の紙から始めるのが実用的です。抽象的な「機密情報は入力禁止」だけでは、補助者が迷う場面で判断がばらついてしまいます。次のひな形を叩き台に、事務所の業務に合わせて書き換えてみてください。
区分A:どのAIに入れてもよい情報
- 公開されている法令・告示・公表資料条文の要約や、改正点の整理を頼むときに使う情報です。
- 事務所の案内文・手順書・ひな形(実名を含まないもの)書式の言い回しを整える、手順書を読みやすくする、といった作業に使えます。
- 一般的な質問「取締役会議事録の一般的な構成は」など、特定の依頼者や事件に結びつかない問いです。
区分B:事務所が指定した法人向けの環境に限って入れてよい情報
- 仮名化した事案の構造「被相続人A、長男C」のように実名を外した続柄や経緯。組み合わせで人物が分かる細部は落とします。
- 実名を外した議事録や申請書の下書き会社名・役員名・所在地を記号に置き換えたうえで、文面を整えるときに使います。
- 依頼者への説明文の下書き送る前に実名や金額を事務所の書式で差し込みます。
区分C:どの環境にも入れない情報
- 登記識別情報、暗証番号、各種のID・パスワード手続の安全に直接かかわる情報は、AIの環境を問わず入力しません。
- 本人確認書類・印鑑証明書・戸籍や住民票の写しの画像必要な情報は人が拾い、区分Bの形に直してから扱います。
- マイナンバー、預金口座の番号、具体的な財産の明細書類には事務所の書式で後から差し込みます。
- 依頼者が特に伏せてほしいと伝えた事情病歴や家族内の事情など、依頼者が特に気にしている情報です。
依頼者への説明と同意
弁理士会のガイドラインが示すように、秘密情報を入力する場合は学習の有無によらず依頼者の合意を取る、という考え方もあります。委任契約書や業務の説明書面に、AIを業務の補助に使うこと、使う環境、入力する情報の範囲を一文加えておく方法が考えられます。ルールの本文を作るときは、生成AIの社内ガイドラインの作り方も参考になるでしょう。ひな形は一度作って終わりではなく、半年に一度など時期を決めて見直すことをおすすめします。
事件簿の7年保存とAIの会話履歴の扱い
AIの会話履歴は事件簿そのものではありませんが、依頼者の情報が残る記録である以上、残す期間と消し方を事務所で決めておく必要があります。施行規則第30条は、連合会の定める様式で事件簿を調製し、閉鎖後7年間保存することを定めています。第29条では、領収証の副本を作成の日から3年間保存することも求められます。AIの会話履歴をどう扱うかは、これらの条文に書かれているわけではありません。放っておけば、依頼者の情報が各職員のアカウントの中に、いつまでも残り続けることになってしまいます。
ChatGPT Businessのヘルプでは、各ユーザーがそれぞれ独自のチャット履歴を持ち、他のメンバーには自動では表示されないと説明されています。同じヘルプには、利用状況の分析や支出の管理はチャット履歴へのアクセスとは別のもので、Businessのワークスペースではデータのエクスポートが利用できないとの記載もあります。事務所として履歴や利用状況をどこまで把握できるかは、契約する前に確かめておきましょう。
事務所で決めておく3つのこと
- 依頼者の情報を入れた会話を、事件の完了後いつまでに消すか
- AIで作った下書きの最終版は事件記録として事務所のフォルダに保存し、AIの中には残さないこと
- 退職者のアカウントを止める手順と、止めるまでの期限
履歴を残すか消すかの判断は、事件簿や領収証の副本など、事務所の記録の保存方針とあわせて決めると筋が通ります。書類の正本は事務所のフォルダ、AIの中は作業の途中だけと覚えておくと分かりやすいでしょう。
ChatGPT・Claude・Gemini等の使い分け|入れる情報の重さで分ける
司法書士事務所でのAIの使い分けは、製品の性能より先に、入れる情報の重さで分けるのが実務的です。公開情報だけを扱う下調べや文章の言い換えなら、どのAIを使っても守秘の問題は起きにくいでしょう。依頼者の情報が少しでも入る作業は、事務所が契約して学習とログを管理しているAIに限る、という分け方になります。
用途で分けるときの目安
用途で分けるなら、調べものは出典を示せるAI、長い資料の要約は長文に強いAI、文章の整えは使い慣れたAI、という程度の粗い割り当てで充分です。モデルごとの特徴は入れ替わりが早いため、具体的な違いは主要4AIの違いと使い分けで最新の比較を確かめてみてください。複数のAIを使う場合も、契約と管理の窓口が増えるほど、学習設定の確認や退職者のアカウント停止の漏れが起きやすくなります。点検の項目は生成AIのセキュリティ対策チェックリストにまとめています。
AIごとに別々に契約すると、請求書もアカウントの管理画面もサービスの数だけ増えてしまいます。少人数の事務所ほど、管理を担う人の手間が重く感じられるはずです。複数のAIを使うなら、窓口を1つにまとめられるかどうかも比べる軸に加えましょう。
導入ステップ|小さく始めて事務所全体に広げる5段階
AIの導入は、公開情報だけで試す段階から始め、ルールと環境が整ってから依頼者の情報を扱う作業へ広げる順番が安全です。事務所の規模にもよりますが、目安として次の5段階で考えてみましょう。
1. 使っている実態を聞き取る
最初に、職員が今どのAIを、どのアカウントで、何に使っているかを聞き取ります。責める目的ではないと先に伝えると、正直な答えが返ってきやすくなります。個人アカウントでの利用が見つかっても、まずは入力した情報の範囲を確かめることを優先しましょう。
2. ルールの1枚目を作る
前の節のひな形を使い、入力してよい情報といけない情報を1枚にまとめます。補助者の誓約書にAIの項目を足すのも、この段階で済ませておきたい作業です。
3. 事務所の環境を1つ用意する
依頼者の情報を入れてよい環境として、法人契約で学習に使われず、利用ログを事務所で見られるAIを1つ決めます。職員全員に1人1アカウントを発行し、個人アカウントからの切り替えを案内してください。共用のIDは、前に見たとおり規約の面からも避けるべき形となります。
4. 公開情報の作業から試す
最初の1か月ほどは、議事録のひな形、依頼者向けの案内文、補助者向けの手順書など、依頼者の実名を使わない作業で試すのがおすすめです。使い方の上手な職員の指示文を所内で共有すると、全員の手直しの量が揃ってきます。
5. 依頼者の情報を扱う作業へ広げ、定期的に見直す
慣れてきたら、仮名化した事案での相続関係説明図の構成案や、登記申請書のチェック表づくりへ広げていきます。利用規約やプランの仕様は変わることがあるため、弁理士会のガイドラインが勧めるように、定期的に確認する予定を年間の業務に組み込みましょう。
AI導入の費用|人数×単価と、見えにくい手間
AI導入の費用は、ライセンスの月額を人数で掛けた額に、ルール作りと確認の手間を加えて考えるのが現実的です。1人あたりの月額で課金するサービスの場合、例えばChatGPT Businessの標準シートは、日本から表示した料金ページで月額課金が1ユーザーあたり月3,850円、年額課金が月3,050円と表示されています。補助者を含めて10名の事務所なら、月額課金で毎月38,500円の出費になります。年額課金にしても10名で年366,000円が毎年かかる計算でしょう。20名に増えれば月額課金で毎月77,000円となり、人数に比例して増えていくのがこの課金方式の特徴です。
※料金は2026年9月に日本から表示したChatGPTの料金ページ(chatgpt.com/ja-JP/pricing/)の円表示です。OpenAIのヘルプ記事「ChatGPT Business - 概要」には「料金は国や通貨の種類によって異なる場合があります」とあり、Businessのワークスペースには合計で少なくとも2シートが必要です。OpenAIのヘルプによると、日本の請求書には10%の消費税が加わります。ClaudeやGeminiの法人向けプランの料金は、各社の公式ページでご確認ください。
金額に出にくい手間
ライセンス料のほかに、ルールの作成、職員への説明、AIの出力を確かめる時間がかかります。特に確認の時間は、AIで短くなった作業時間と差し引きで考える必要があるでしょう。導入の前後で、議事録1件や相続関係説明図1件にかかる時間を記録し、効果を数字で確かめてみてください。費用を比べるときは、1人ずつの課金か事務所単位の契約かによって、人数が増えたときの総額が変わる点も確認しておきましょう。
司法書士の将来性|AIに仕事が奪われるのか
AIが書類の下書きを速く作れるようになっても、依頼を受けて手続を代理し、書類に職印を押して責任を持つ役割は、法律の上で司法書士に割り当てられた仕事です。司法書士法第1条は、司法書士の使命を、登記・供託・訴訟その他の法律事務の専門家として国民の権利を擁護し、自由かつ公正な社会の形成に寄与することと定めています。AIが得意なのは文章と書式の作業で、依頼者の話を聞いて事情を整理し、手続を選び、意思を確かめるといった部分は、これからも人が担う場面が多いでしょう。むしろ、定型の下書きにかけていた時間を相談や確認に回せる事務所ほど、依頼者から選ばれやすくなると考えられます。AIに任せる作業が増えるほど、最後に確かめる司法書士の目の価値は上がっていきます。
AIに置き換えにくく、依頼が見込まれる仕事|相続登記の義務化・決済の立会い・成年後見
1つ目は相続登記です。令和6年4月1日から、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記をすることが法律上の義務になり、正当な理由なく登記をしない場合は10万円以下の過料が科される可能性があります。令和6年4月1日より前に相続を知った不動産も、未登記なら令和9年3月31日までに登記が必要と法務省のQ&Aは案内しています。古い相続ほど戸籍の収集や相続人の確定に手間がかかるため、戸籍の構造の整理や必要書類の一覧づくりにAIを使い、依頼が増えても受けきれる体制を作っておく意味は大きいでしょう。
2つ目は不動産売買の決済の立会いです。決済の場では、売主と買主の本人確認、売る意思・買う意思の確認、権利証(登記識別情報)や印鑑証明書などの書類を確かめてから代金の支払いを進め、同時に登記を申請します。目の前の人と向き合って確かめるこの部分は、AIが下書きを速く作れるようになっても、司法書士が担い続ける仕事として残るでしょう。
3つ目は成年後見です。最高裁判所事務総局家庭局の「成年後見関係事件の概況(令和7年1月~12月)」では、親族以外が成年後見人等に選ばれた35,718件のうち、司法書士(司法書士法人を含む)が11,966件(33.5%)で最も多くなっています。財産の管理や家庭裁判所への報告書づくりは書類の作業が多く、AIで下書きの時間を短くできれば、本人や関係者と会う時間を確保しやすくなるはずです。
AIを使う事務所と使わない事務所の差
差がつくのは、AIの性能そのものより、安心して使える環境とルールを事務所として持っているかどうかになります。依頼者から「AIに私の情報を入れていませんか」と聞かれたときに、使っている環境と入力のルールを説明できる事務所は、信頼を得やすいでしょう。反対に、個人アカウントでの利用を黙認したままでは、便利さの裏で説明のつかない記録が増え続けてしまいます。
依頼者の情報を扱うAIを、事務所で1つの環境に
UPGEAR AI(アップギアAI)は、ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexityを1画面で使える法人向けサービスです。管理者ダッシュボードで利用ログ・権限・モデルのON/OFFを管理でき、基盤はAWSの日本リージョンで稼働しています。料金は月額30,000円(税抜)から。どのプランも利用人数は無制限で、料金は利用量に応じたプラン設計です(人数の目安はライト1〜5名、スタンダード6〜20名、プレミアム21〜50名)。初期費用100,000円(税抜)が別途かかります。
UPGEAR AIの詳細を見るよくある質問
司法書士がChatGPTに依頼者の情報を入力すると、守秘義務違反になりますか?
補助者にもAIを使わせてよいですか?
AIに登記申請書を作らせても大丈夫ですか?
日本司法書士会連合会の生成AIのガイドラインはありますか?
法人向けプランなら、入力したデータは学習に使われませんか?
AIの会話履歴はどのくらい残しておくべきですか?
相続登記の義務化で、司法書士の仕事は増えますか?
まとめ
司法書士のAI活用は、議事録や登記申請書、相続関係説明図の下書きなど、文章と書式の作業から効果が出やすい取り組みです。一方で、第24条の守秘義務と個人情報保護委員会の注意喚起を踏まえると、依頼者の情報を入れる前に、学習に使われずログを事務所で管理できる環境を用意することが欠かせません。補助者を名指しした守秘の規定が条文に見当たらない点は、誓約書と就業規則で補い、所属会の会則も確かめておきましょう。書類に職印を押すのは司法書士であり、AIの下書きを一次情報で確かめる工程は省けないものになります。まずは職員の利用実態を聞き取り、入力のルールを1枚にまとめるところから始めてみてください。
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